元東京都議会議員として活動していた入江伸子さん。
実はその経歴は、テレビ局勤務、海外生活、夫との突然の別れ、そして政治の道へ――と、まさに波乱に満ちたものです。
ここでは、入江伸子さんの人生の歩みを時系列で詳しくまとめます。
入江伸子の経歴まとめ
入江伸子さんの経歴は以下の通りです。
| 年月 | 経歴 |
|---|---|
| 大学在学中 | 成城大学 文芸学部在学中に「FNNスピーク」お天気キャスター |
| 結婚後 | 入江敏彦さんと結婚、カイロへ移住 |
| 1994年12月 | 夫が航空機事故で死去、帰国 |
| 1997年4月 | フジテレビ中途入社 |
| 〜2017年 | 編成制作局部長職まで歴任 |
| 2017年 | 東京都議会議員に初当選(港区トップ当選) |
| 2021年 | 都議2期目当選 |
| 2025年 | 国民民主党公認で東京7区から出馬(落選) |
詳しく見ていきましょう!
大学時代〜結婚
入江伸子さんは
成城大学 文芸学部 英文学科を卒業。
大学在学中には、フジテレビ系ニュース番組「FNNスピーク」でお天気キャスターを務めました。
その後、フジテレビ報道記者の
**入江敏彦**さんと結婚。
夫の赴任に伴い、エジプト・カイロへ家族で移住します。現地で生活を送りながら子育てをし、イスラエル・エルサレムで次男を出産しました。
1994年12月 ― 悲劇
1994年12月、ルワンダ難民取材のためにチャーターされた小型機がケニア・ナイロビで墜落。
カイロ支局長だった夫・入江敏彦さんは32歳で亡くなります。
当時、長男は6歳、次男は生後11か月。
入江伸子さんは2人の息子を連れて日本へ帰国しました。
フジテレビへ復帰
帰国後、しばらくしてフジテレビの契約社員として勤務を開始。
当初は週3日勤務の予定でしたが、実際は週5日以上働く日々。その努力が評価され、1997年4月にフジテレビへ中途入社します。
その後は、
- バラエティ制作
- フジテレビキッズ
- 子育て・子ども向けコンテンツの企画・プロデュース
などを担当。
「少しでもママ・パパや子どもたちに夢を与えたい」という思いのもと、局内のママ社員と“ママサークル”を立ち上げ、情報共有や番組企画を実施。
子育て番組「子育てれび」を実現させました。
さらに「ポンキッキーズ」も担当。
編成制作局の主任、副部長、部長職としてマネジメントも担い、女性管理職として活躍。
2017年7月に退職します。
政治の道へ
息子2人が社会人となった頃、
小池百合子氏の都知事選での姿に強く心を動かされます。
政策を知る中で「自分の経験を活かして支えたい」と考え、政治塾へ参加。
そして――
- 2017年7月2日 東京都議会議員選挙でトップ当選
- 2021年7月4日 都議選で二期目当選
- 文教委員会 委員長
- 財政委員会 理事
- 総務委員会 理事 などを歴任
さらに、
2025年6月9日 国民民主党に入党。
著書・子育て活動
息子2人を東京大学へ現役合格させた経験をもとに、
- 2020年
『自ら学ぶ子どもに育てる』出版 - 2021年
『「賢い子」は料理で育てる』出版
子育てアドバイザーとしても活動しています。
入江伸子の肩書・活動
- 子育てアドバイザー
- 元フジテレビ編成制作局部長職
- 東京行政書士政治連盟 顧問
- 一般社団法人グラミン日本 アドバイザリーボード
- 筑波大学附属駒場中学・高等学校 後援会特任理事
- 学校法人学習院 賛助員 など
まとめ
若くして夫を亡くし、2人の息子を育てながらテレビ局でキャリアを築き、管理職へ。
そして政治の世界へ――。
入江伸子さんの経歴は、
「母として」「働く女性として」「政治家として」歩んできた人生そのものかもしれませんね。

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